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留学体験 - 柴崎星太さん

星太

UCLA卒業! 日本の 中学までは不登校。

柴崎星太さん
UCLA卒業! 日本の 中学までは不登校。アメリカ 高校 留学後、一転 、 優 等生に。高校では 2年間飛び級で大学進学!

8年の留学生活を思い返すと行き当たりばったりなことが多かったように感じます。良い意味でも悪い意味でも特別な目標を持つことはありませんでしたが、英語そして大学での専攻である政治学を学ぶという意味では振り返ってみれば良い留学生活だったと言えると終わってみて思います。
2011年2月、Eldorado Emerson の8年生として登校し私の8年に渡る留学生活がスタートしました。当時は全く英語を喋れず新しい環境に右往左往していたことを今でも覚えています。

授業の内容を理解することも難しく、語学をあまり必要としない数学は唯一まともについていけたクラスでした。
元々社交的な性格ではなかったので自分から英語を喋ることもあまりなく相手にどう話せばちゃんと伝わるか日々頭を悩ませていました。成績も特別よかったわけではなくなぜわざわざアメリカで勉強しているのだろうと思うことが多かった時期でした。その状態でサマースクールにも参加しましたがやはり言語の壁は高く、学校の勉強以前に英語そのものの勉強が必要でした。

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星太君(左端)OCC 時代、IGE 留学生と食事会(於・平田家)

そんな状況を変えるため 2012 年の秋には Emerson を辞め、サンディエゴにある語学学校に入学し基礎的な英語を学び始めました。ですが語学学校で英語をちゃんと学べたかと聞かれると 自信をもって肯定することはできません。リスニングが多少マシになった程度でライティングなどは何一つ学んだという気はしませんでした。
元々サンディエゴで英語を学んだあと Emerson に戻る予定だったので、その語学学校は半年ほどで辞めてしまいました。その後は4月からもう一度 Emerson に行くことを目標に日程の調整 としてコスタメサにある語学学校に数か月通いました。ここではスピーキングで具体的な発音などを学びそれなりに有意義に過ごせたことを覚えています。4月から学期末の6月までのEmerson では短期間ではありましたが語学学校ではない学校に行く感覚を取り戻すには十分効果的な時間でした。

この頃から英語についてもある程度自信がつき、授業の内容も理解できてきていました。今思い返せばこれは語学学校に通ったからというよりは、それなりの期間をアメリカで過ごしたことによる慣れが大きかったのかなと思います。事実ライティングに関してはちゃんとした文章を書けるようになったのは大学からなので留学開始から1年半経った状態でもまだまだ学ぶことは多かった印象です。

ですが一度ある程度の自信がついてしまえばあとは簡単なもので、その後の2年間の高校生活ではそれなりの成績を収めることができたと自負しています。英語で何かを勉強するにはどれくらいの時間をかければいいのかなどを学んできたのもこの頃でした。この2年は勉強以外の学校生活を見てもおそらく8年の留学生活の中で一番充実していた日々を過ごせたと思います。バスケ部に入り2年目には副キャプテンをしたり、ストレートAを取って表彰されたりと初め の頃からは想像できないほどでした。

次第に早く大学へ行きたいという気持ちが強まり、2年目にはCHSPEという18歳未満でも受けられる高卒認定試験のようなものを受け、アメリカでは4年間通うはずの高校を2年間飛び級で卒業しました。

高校卒業後はOrange Coast College(OCC)というコミュニティーカレッジに3年通い4年制大学の編入の準備をしていました。OCCでは初めのうちは生物学を専攻にしていたのですが途中で政治学に興味を持ち始め専攻を変えました。専攻の変更に伴い2年通う予定だったのを1年延ばしましたが、このエキストラの1年を利用してOCCのHonors Program に参加しHonors student(優秀性)になりました。編入する大学の候補としては UC Berkley、UCLA、UCSDを予定していてUCLAとUCSDから合格通知をいただきました。BerkleyはWaitlistに乗ったはよかったものの空きができそうにはなかったので辞退しました。

UCLAに入ってからは知識を得るという意味では一番忙しく有意義な時間を過ごせました。毎 週一クラス100ページ程のリーディングにエッセイやテストなどを10週間でこなすのはとても大変でしたが学んだことがとても多く、学業という意味ではUCLAでの生活が一番充実していました。

メキシコの比較政治学から第1次世界大戦前後のドイツ経済などOCCの基礎的なクラスでは学べないものを多く学んだ気がします。教授の質という意味でも自分の専門分野に対する知識をしっかり持っている教授が多く、研究者という存在を実感させられました。

2019年6月をもってアメリカでの留学を終え日本に帰国しましたが、大学院へ入学し Ph.D を目指したいという気持ちが強く、ヨーロッパの大学への留学を考えています。これは UCLA で 出会った教授達の影響が強く、私も彼らのように研究をしたいと考えています。アメリカで中学 高校大学を卒業し8年かけて築いた軌跡です。

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2019年6月のUCLA卒業式 大学バスケットバールの試合で有名なPauley Pavilionは卒業生と父兄で満員。