HOME > 留学体験記 > いつか自分に自信を持ったアスレティックトレーナーになりたい

留学体験 - 片桐亜希子さん

akiko01[1]

いつか自分に自信を持ったアスレティックトレーナーになりたい

片桐亜希子さん
グアム出身。南カリフォルニアにあるチャップマン大学二年 日本語と英語の両方をネイティブ並みに使いこなす完璧バイリンガル。 世界で活躍するアスレティックトレーナーを目指す。

小さい頃から私は何でも体を動かすのが大好きで、バレーボール、バスケットボール、ソフトボール、水泳、サッカー、バレエ、ジャズダンス、陸上、クロスカントリーと常に運動をしていた。自分はいつかスポーツ選手になるんだと、漠然と思っていた。しかし、現実は厳しく、年を重ねるにつれて、自分が平均よりも少し運動神経の良いアスリートなのだということが、少しずつ分かって来た。それでもやはり、スポーツに関わる仕事に就きたいと思った私は、フィジカルテラピスト(PT-Physical Therapist)やスポーツトレーナーよりも、何故か真っ先に、アスレチックトレーニング(AT-Athletic Training)を選んだ。迷うことなくこの学部を選んだのは、やはり、部活動に励む毎日の中で、周りの友達が怪我をしてもどうすることもできなかった自分が、悔しかったからだった。

大学に入ってからは、新発見の毎日。アスレチックトレーナーは、クリニックにいるPTや、ジムにいるスポーツトレーナーとは違い、練習や試合の現場で活躍するということが、まず分かった。「スポーツに関係のある仕事」それしか知らなかった無知な私の頭の中は、スポンジの様だった。授業で習う内容は、本当に興味深く、すぐにいろいろな事を覚えた。でも、スポンジはある程度の水を含むと、下からポタポタと吸収しきれない水をこぼしていくのと同じように、私の頭の中も、大量の情報を覚えきれないでいた。私はすでに、ホームシックになっていて、挫折しそうだった。初めて親元を離れること、大学生活を送ること、今までに受けたことのない授業、様々なプレッシャーのようなものを抱えていた。そんな中、ATの仲間が支えてはくれていたが、仲間もまた、私と同じ悩みを抱えていた。私達はアスレチックトレーニングという職業を、甘く見過ぎていた。

私の通っている、4年制のチャップマン大学のAT養成カリキュラムは、アメリカ医学会の準医療従事職教育認定委員会によって認定されている。まず、1年目は、健康管理学、ATの序章、心理学、英語や生物学などの授業を取りつつ、80時間の実習・見学をする。この様に、般教養の段階でも、ATがどのような職業なのか、様子を見ることができるのだ。1年生のクラスを無事終えた段階で、プログラムディレクターと面談が実施される。面談後、1年生での実習時間、クラスの成績等を考慮されて、ATプログラムに進めるかどうかが判断される。許可されれば、2年生から正式な学生トレーナーとして部活に就いて実習することができる。ここが、今現在、私の歩んでいる道なのだ。

最初の学期(セメスター)は、予防・治療法、実習授業(テーピングの技術など)、科学I、解剖学などの授業を受けた。そして、次のセメスターは、人間の上肢の追求、またまた実習II、科学II、ATの管理学、栄養学などがある。この先、3年生・4年生になると、下肢の追求、動作学、実習III~VI、生理学、スポーツ心理学、リハビリテーション、コンディショニングと強化、薬学など様々な課題がある。

大学卒業後、スポーツ現場での何百時間という実習を終えると、BOC (Board of Certification)より与えられる資格認定試験を受験することができる。その試験に合格すれば、晴れて公認アスレチックトレーナーになることができる。

私が今できることは、当たり前だが、まだまだ公認アスレチックトレーナーからはほど遠く、簡単な応急処置でも戸惑うし、血を見るのも少し恐い。でも、やはりアスレチックトレーナーという仕事には、魅力がある。アスレチックトレーナーの的確な判断で、怪我をしたアスリートの傷害の認知、評価、救急処置、そして、リハビリを行い、また、怪我をしないように予防法も考える。アスレチックトレーナーというのは、健康管理チームに必要不可欠な存在であって、責任重大でもある。だからこそ、その分、やりがいがある。いつか自分に自信を持った、公認アスレチックトレーナーになりたいと願っている。先はまだ長いが、前進あるのみなのだ。