留学体験 - 大橋 司さん
アメリカでアスレティック・トレーナー を目指す理由!!
静岡県出身で、今年(2015年)、アメリカで26歳を迎えました。アメリカにて語学留学を始めて約5ヶ月になります。自分の中では、もう5ヶ月が経ったのかと、改めて時の流れの早さを実感しています。こちらに暮らし始めた当初は、慣れない新しい環境に戸惑い、困惑する事も多々ありました。しかし現在は、カリフォルニアの強い日差しをたっぷりと浴び、刻々と日本人離れしていく私の肌色と比例し、気持ちの方もこちら色に染まり、充実したカリフォルニア生活を送っています!
さて、私の夢、そしてアメリカへの留学を決めた理由についてお話していきたいと思います。全く私事の内容になってしまうと思いますが、自分と同じような境遇の方へ、何かしらのきっかけ、手助けになれれば幸いです。
まず最初に、私の経歴を簡単に紹介させて下さい。私は、国際医療福祉大学・保健医療学部・理学療法学科を卒業後、静岡県沼津市にある医療法人親和会:西島病院のリハビリテーション科に、理学療法士として3年間勤めておりました。理学療法士とは、聞きなれない方もおられると思いますが、簡単に説明させていただくと、病気や怪我により、日常生活に支障をきたした方々に対して、運動療法と呼ばれる、手足の関節の動きを良くしたり、筋力トレーニングなどを施し、起き上がり、 立ち上がり、歩行などの基本的な動作能力の回復をはかる、 身体的なリハビリテーションに携わる職種です。理学療法の対象者となる方は、高齢者やスポーツ選手と、身体に問題を抱える方全てが対象となります。私が勤めていた病院では、様々な疾患を患った方へリハビリを提供する機会がありました。その中でも、スポーツ整形外科と呼ばれる、スポーツをしていて怪我を負ってしまった方が来院される部門に、私は意欲的に取り組んでおりました。元々私はスポーツが大好きであり、この仕事を選んだきっかけも、高校時代に部活動でハンドボールをしていた際、怪我をし、自分自身が理学療法を受けた事がきっかけでした。
そして徐々に、スポーツ部門への専門性をもっと高めたいと思うようになり、また、スポーツで怪我をされた方を、病院でではなく、もっとスポーツ選手に近い立場、環境でリハビリ、サポートをしたいと思うようになっていきました。その環境を、自分で模索していった結果が、アメリカでNATA公認のアスレチティックトレーナーになる事でした。なぜアメリカなのかと思う方もおられると思いますが、スポーツの環境、人々のスポーツへの関心などが、アメリカは世界一の国だと思ったからです。
例えば、オリンピック選手強化費を例えにすると、アメリカは国からの援助金として約165億円も出資しています。それに対して我が国日本は、約27億円となっております。決してお金がスポーツの勝負の行方を決めるものでは無いですが、その金額がスポーツに対し、国全体でどれだけ熱意を注いで取り組んでいるかを表していると個人的には思っております。
また、こちらで実際に野球、バスケ、サッカーのスポーツ観戦を経験しました。町のあちこちにあるスポーツバーは、毎週末何かしらのスポーツ中継を観に多くの人が訪れ、賑わっています。そして観戦をしている際、アメリカの方々は本当にスポーツを愛しているんだなと感じる事が良くあります。自分の応援している選手、チームが活躍したら、体をいっぱいに使って大いに喜び、逆の時には、顔を真っ赤にしてテレビ画面に向かって怒鳴ったり、まるでこの世の終わりかの様に落ち込んだりする方を見た事があります。その熱狂ぶりを言葉で表すのは難しいですが、その熱狂的な空間が、スポーツ観戦をしている者をよりExcitingなものにしてくれます。
そして、スポーツをする環境も、アメリカは他国に比べて突出した水準であると思います。公営管理のもと、サッカーグラウンド、野球場の殆どは天然芝が当たり前ですし、どこの公園に行っても、バスケットコートがあり、ナイター設備のあるテニスコートは無料で使用する事ができます。また設備が充実しているだけでなく、場所の数も半端なく多いです。多くの一般の方がそれらを毎日利用し、日が暮れるまで様々なスポーツを楽しんでいます。やはりスポーツの楽しみを知るためには、実際に自分自身でそれをやってみることが一番だと思っています!ですからそういった環境が、日常生活の範囲内にある事で、様々なスポーツに気軽に触れ合う事ができるため、アメリカはスポーツの面白さをどこの国よりも知っている国なんだろうなと思いました。
以上のことから、スポーツに対し多くの関心と親しみを持たれている国で、スポーツに関連した仕事をしたいと普通に思うようになっていきました。そして自分の将来について試行錯誤していく中で、IGEさんの、NATA認定アスレティックトレーナーの留学プログラムに出会いました。見つけた時は、これだ!と思いました。ですが留学を実際に決心するにあったて、自分の勝手な夢のせいで、仕事場に迷惑をかけて退職しなければならない、両親を始め色々な方に迷惑や心配をかけてしまう、といった事を考えると、自分の気持ちを押し殺していまった方が良いのではないかと迷う事もありました。しかし、一度きりの自の人生、今このチャンスを後で後悔したくない、多少の迷惑を周りの方にかけてしまってでもチャレンジしてみたいと熱く思い、思い切って決心しました。まだまだ自分のチャレンジは始まったばかりであり、しばし英語に四苦八苦している段階ですが、いずれは、この素晴らしいスポーツ環境のあるアメリカで、世界で通用するようなアスレティックトレーナーになるために、日々の努力を楽しんで続けていきたいと思います。